新 辞める若者、病める若者 2013.12

【背景】
今年度26歳の世代は小学生時代に第2、第4土曜日が休日で、中学校入学の時から学校週5日制となり、成人式(20歳)を迎える世代からは小学1年生から完全週5日制が始まっている。
毎週土日は休み、16時には下校の生活リズムが染みついている。そのためか、部活動に入っていなければ仲間との接触が少なくなり、指導者や顧問による叱責や叱咤・激励の経験もほとんどなくなる。親からも叱られた経験をほとんどもたない若者も増えている。
また、偏差値・相対評価は良くないという理由からか、彼らの育ったゆとり教育時代の通知表の「絶対評価・評定」は以前に比べて大変甘く(現在進行中)なった。教科ごとの3段階の観点別評価(ABC)と5段階の評定(54321)との関係も連動しているとはいい難い面もある。平均は「3」ではなく、学校によってはほぼ「4」なのである。10段階評定(高校入試の内申書)の廃止に伴い、通知表が推薦入試の推薦基準に用いられるようになったからだろうか。小学校の成績表は、3段階観点別評価(大変良い・良い・もう少し等)で個人差は小さくなり、評定(54321)もない。。( 資料 ⅰ LinkIcon平成25年度調査書の評定割合LinkIcon千葉県公立高入試結果  ⅲ LinkIcon中学校別成績表 ⅳ LinkIcon学習成績分布一覧

而して、子供たちの通知表はどれもいいものになった。多くの子供は喜び、多くの親は安心するということとなった。残念ながらこれらの成績は学力の実態を正しく表しているものとは言えない。そのため、学力を心配する保護者は塾へ子供を向かわせることになる。少子化にもかかわらず、新たな塾が開設されたり、繁盛したりするのは、小中学校の「絶対評価」によるものが大きいと考える。
学校での評価、順位付けの偏差値は差別であり、悪であるかのような教育観を持つ教員による横並びの評価・成績は、子供の自己理解、自己分析を誤らせてしまうことに成らないだろうか。
近年の若者の特徴に、このような成育歴が影響していることは否めない。優秀な人材も少なくないが、中間層ともいえる能力(学力)を持ち合わせている学生の割合が極端に減り、下位層が膨れてしまった。その証拠に卒業と同時に付与される学位や資格・免許が、十分な学力・能力・人格が備わっていないのではないか、という産業界から大学への不信感が高まっている。バカロレア導入もその表れであろう。
ただ、学生数減少のなか、この10年の新設大学・新設学部のラッシュは官僚の天下り先の確保となっている点は見過ごすことのできない事実でもある。

【現状】
学校では多くの子供が優れた成績を収め、学校や家庭で叱られることなく、ほめて育てられてきた若者たちは、実績のない自信やプライドが高くなり、就職後の上司からの注意や叱責に過剰に反応してしまうようだ。そのため、ふさぎ込んだり、出社拒否や鬱病になったりもする。人前で注意されるとパワーハラスメントだと言って訴訟を起こしたり、3年以内に辞めたりする新人が続出していると聞く。
新入社員の多くは、コミュニケーション能力・理解力が低いといわれる。語彙が少ないため指示・命令の認識が曖昧になり、仕事の達成度も落ちる。そんな新入社員を先輩社員はどのように接していったらよいか、大企業では「新入社員との接し方講座」なるものを数年前に立ち上げたが、全く効果は上がらなかったようだ。
脳科学者の茂木健一郎氏は、ある会社からの新入社員対策の講演で結論を次のように述べている。「どうにもならない。」と。理由は、脳の発達段階に応じた適切な教育がなされなかったことによるものらしい。バッサリである。国は、この世代の若者達を生涯サポートしていかなくてはならないかもしれない。

【対策】
こうしてみると、幼少期の教育の大切さが浮かび上がってくる。一番重要なのは3歳までの教育・躾である。「3歳児神話」を否定したキャリア女性官僚もいたが、国連のユニセフは「2001年世界子供白書」で詳細な科学的データをもとに、3歳児神話の正当性を述べている。“能力は子供が3歳になるまでの早い時期に決まる”と。
教育哲学者 森信三先生が提唱する 躾の三原則「人より先に挨拶をする」「はいという返事」「靴を揃え、椅子を入れる」を幼児期(できれば3歳までに)に身に着けさせることができれば、その後の躾もすんなりといくというもの。さらに「立腰」が一生涯大切であるとおっしゃられている。
「立腰教育」とは、立っているときも座っているときもいかなる時も腰骨を立てて生活していきましょうというものである。姿勢を正すことで何事に対しても心の準備が整う。
お子さんの成績で悩んでいらっしゃる親御さんがいましたら、お子さんの学習時の姿勢から見直してください。学力向上の鍵は、基本的生活習慣の徹底にあるのです。これは私が中学校で担任をしていた時代に実践してきました。本来、幼少期に獲得すべきものを身に着けないまま大人になっては、将来の職業選択の幅が狭くなるのは必然です。
幸福な人生を送るために教育・学習はあると考えます。コミュニケーション能力を高めようと、ディスカッションや自分の頭(言葉)で考えて発表するような教育が行われたりもしているが、語彙の多い子はそれでもよいと思う。しかしながら、多くの子供のように語彙が少ないことが元々の原因である場合には、語彙(言葉)を増やす教育が必要である。
近年、地域によっては学校で「日本語」教科を必修とするところも登場してきたことは、歓迎すべきことである。
布佐台幼稚園では、伝統文化としての日本語の語彙習得に創立以来取り組んできた。漢字仮名交じり文で書かれた絵本のなぞり読みや、遊びを取り入れた「石井式国語教育法」で毎日、古典などにも親しむことで、同年齢児に比べて圧倒的に多い語彙を獲得している。
この語彙力がコミュニケーション力・すべての学力の基盤となるのである。算数や理科の計算問題は得意でも応用問題が苦手の子供が多いのは、問題文の読解力・国語力が弱いため。だから、算数や理科などの成績をさらに伸ばそうとすれば、読書などで読解力・国語力を高めることが重要になってくるのである。

幼稚園教員養成大学の有名な教授方々もごく最近、幼児期の言語能力の大切さを訴え始めた。ゆとり世代が社会的に問題となっていることの反省からか、「自由にのびのび、個性を伸ばす保育」からの転換が図られようとしていることは、日本にとって一縷の希望かもしれない。